2017年5月2日火曜日

INTRODUCTION

 世の中には不思議なことがたくさんあるものだ。
と、明確に認識できれば、その原因をおのずと折に触れて考えたりするものだが、漠然とした違和感を覚えたまま、そのような違和感が頭の片隅で眠っていることもある。また、ある事柄に対して感じている違和感を口に出すや否や、あるいは、時には、その違和感が喉につかえたままの状態で、その違和感を誰とも共有していないと悟ることがある。逆に、そのような事柄への共通の反応が試金石となって、人との交流が深まることもしばしば。いわゆる「価値観が同じ」、「考え方が似ている」という状況だ。
 私は自分では、世間一般で言うところの「普通の家庭」に育ったと思っている。家庭の中を覗いて一人ひとりを観察した場合には、それぞれ特異な部分はあるかもしれないが、無責任に外から眺める分には、ごく普通の家庭だと思う。その「普通の家庭」に育った私だが、その辺でなされている会話にうっかり参加すると、ただストレスの連続になることが多い。私にとっては不思議なことであるが、同じ道筋で物事を考えないと納得しない人たちが世の中には多くいるからだ。そういう類の大多数の人たちに取り囲まれて人生を送るのだから、生きていく上で関わらなければいけない様々な仕組みに、いちいち疑問を感じてしまう。世間との軋轢とも言うべきものなのか。
 つまり、私は、人の世が面倒くさい。何となく集まっている人々の集団の中では息苦しく、かと言って、特に何かに秀でているわけでもないから、どのように生きていても、人を納得させるような事実もなく、単なる変わり者としてあちこちに引っかかりが出てしまうからだと思う。頭脳明晰ならば、自分の生きる道を見極めて、確実に自分の足場を築き、裕福かそうでないかは別にしても、何らかの形で自分の能力を活かすという意味での拠り所のある人生を送っているだろう。
 世間の人の無意識の愚かさには敏感でも、自分自身の愚かさには対処しきれない。当たり障りなく人づきあいをしようとしても、疲労感や虚無感が大きすぎ、さらには結局、無理である。どうしても奇人変人的な要素が表面化してしまう。それならそれと割り切って、それなりに生きようとすると、社会の仕組みにいちいちぶつかって、結局は、苦労しても何の結果も得られないという状況が待っている。
 さて、私は女である。何となく世間との距離を感じているからには、当然のことながら、女としての生き方にもある程度の葛藤があった。なぜなら、今でこそ昔ほどではなくなった(のではないか)と思うが、結婚、出産というものが、女としての自分の人生を考える上で、避けては通れない課業のようなものだったからだ。ここまで読むと、結婚と仕事のどちらかの選択に迫られて悩む、仕事と家庭の両立で悩む、などの言葉が頭に浮かびそうだが、私の葛藤は、ある意味、自業自得的なものであり、もう少し屈折していた。なかなか就職できない上に、就職先の場所を選べなかったため、就職することと家庭を持つことが、確かに心理面を除いてはいい関係ではなかった。結果的には求職者のまま結婚したのだが、結婚制度がもたらす様々な不思議について、既にある程度の違和感を持ちながらも自らも結婚し、ぬるま湯に浸かっているとも針の筵に座っているとも言えそうな、なかなかの葛藤の日々を送った。
 このぬるま湯と針の筵の関係から生まれる葛藤とはどのようなものであるか。結婚している状態というのは、考えようによっては、ぬるま湯に浸かっているようなものである。結婚して子供もいます、普通の妻、母です、という空気を全開にして、何か重要なことが肩にのしかかりそうになったら、夫に聞かないとわからないと言っておけばいい。これを実践するには、世間の人と歩調を正確に合わせていかなければいけない。ほとんど同意できない意見に対しても、心の底から納得したように受け止めなければいけない。そのような振る舞いは、それが本気でない限り苦痛だ。心はほぼ死んでいる。そして、その一方で、自分の目指すべきものに悩み、ただ毎日が過ぎていくことに焦りを覚える。妻や母であることに満足せよという空気も時には感じながら。
 しかしながら、幸せだったかどうかと聞かれたら、幸せだったと思う。子供も生まれて、さらなるエネルギーが湧き、生きる意欲が倍増した。子供はエネルギーを奪うのではなく、与えてくれる。自分に100のエネルギーがあったとしたら、子供を二人産んで、300になったと思う。ふわふわした表現だろうけれど、実感として。
 今も結婚生活を続けている。私は幸せだと思う。葛藤は影を潜めている。なぜなら、寛容な愛すべき夫の協力のもと、子供らと共に日常の場をしばらく異郷の地に移したからだ。窒息しそうな世界から離れたという解放感。特に、次の二つ。子供を持っているという以外はほとんど共通点がないにも関わらず、無理やり一括りにされている「共感しあうべき親たち」の世界と距離を置くことができた。それと、こう言ってはなんだが、不思議だらけの自治体の活動に住民として巻き込まれることもない。

 世の中と上手に折り合いをつけて生きていく自信は未だにない。けれども奇跡的に幸せだ。遠方にいながらも、気の合う友人らと四方山話をし、励まし合いながら、しばらくは異郷の地の時間を活かしたい。子供らはなかなか大変だと思うが、よく頑張っている。