2017年7月17日月曜日

髪のダメージがそのまま心にダメージを---- My Hairs Got Damaged and So Did I

 髪型のことでこれほど心が傷ついたのは思春期以来だ。これほどまでにひどいことになろうとは。
 日本にいた時は、信頼できる美容師の方にお世話になっており、髪型についてのあれこれを思う存分話すことができ、かなり恵まれた環境だった。最初にその方につないでくれたのは、夫である。夫自身がその方にお世話になったことが何度かあり、「あの人、たぶん、話合うと思うよ」と勧めてくれた。それまでの私は、どこの美容院に行っても技術的なことと美容師の方の人柄とがあまり良くない方向に絡まり、客としての満足度を得られることが少なかった。つまり、その美容師が客である私をどうみているのか、ということと、こちらの出しているオーダーの美容師の理解度との間には微妙な連動性があることに不快感があり、また、さらには、話が合わない相手との会話を客であるにもかかわらず相手に気を遣いながら続けなければいけない苦痛など、美容院に行くのは常に何らかの苦痛が伴った。

 日本でお世話になっていた美容師の方は、向上心があって技術的に信頼できるのはもちろんのこと、美容師として考慮すべきことの認識範囲が広く、あらゆる意味で安心しできる空気がそのサロンにはあった。もちろん、注文内容について誤解のないように、しっかりと確認するための作業も自然にこなしておられる。

 日本での経験が恵まれていたという意識はあり、こちらではあまり多くを望んではいけないと思っていたが、少々、いや、非常に事態を甘く見過ぎていた。私の滞在している地域は、自然と共存して生活するという姿勢にかなり意識の高い地域である。ただし、文化的な活動にも力を入れており、世界的に名の知れた学識者や各界の著名人を招いての講演、芸術的な催し物も頻繁に行っている。このような土地柄であるためか、自然に囲まれた場所である割には、いかにも流行を意識した美容院と、古くから土地に根付いていて、近所の年配の方々が通ってくるような美容院とが共存している。地方都市では珍しくない状況だと思うが、家の大半が山道ともいえる道路を通ってたどり着くような地域では、少し特殊な気もする。

 さて、話を戻すと、今回、美容院選びには全く時間をかけなかった。単純に、割引券を使おうと思ったからだ。ネットで場所を確認するついでにお店のホームページを見て、まあ普通だと思った。写真を持参して少し説明をすれば、それほどの誤解は生まれないだろうし、もし少々思ったようにならなくてもそれはそれでおもしろいと思った。あまり多くは望まないぞ、と。

 お店と美容師の雰囲気が、実家の近所のお店を彷彿とさせた。母がたまに行くお店で、私も実家にいた時には折に触れてお世話になったのだが、客の印象も含めて注文内容を把握する、という姿勢が、少なくとも私にとっては嬉しくない方向に働くということを何度か身をもって悟らされた印象がある。

 話を再び戻すと、私はお店で写メを見せると同時に、「私の旋毛は時計回りだから、こちらの耳の周辺の髪を内側に巻くとすぐに伸びて棒状になってしまうので、外巻きか上に巻き上げるようにしてください」と説明した。私の髪は背中の真ん中まであり、注文した髪型は、頭の中央くらいから下がゆるくカールする髪型である。

 美容師がロッドで髪を巻き始めた瞬間に、明らかに仕上がりは写メのようにならないだろうと思った。相当細いロッドで巻き始めたのである。しかも、地肌までぴっちり巻いている。私は、写メで見せた髪型にするのにこんなに地肌まで巻くのかと質問したり、巻きがきつくならないようにしてくれと念押ししたり、恐る恐るささやかな抵抗を試みたが、先方はたいして相手にしていないようで、最後まで時間をかけて、全体の毛を細いロッドでびっちり巻いた。途中、はみ出して絡まった毛をブチっと手で引きちぎったりなどしながら。パーマ液を洗い流した後に、満足げに「うまくかかったわ~」とつぶやく声が聞こえた。

 鏡で見ると、長い髪全体が見事にくるっくるだった。覚悟はしていたものの、思ったよりも細かくくるくる巻いている髪を実際に目の当たりにすると、唖然として言葉が出ず、顔が引きつらないようにすることと、前髪を伸ばして下ろしてくれと頼むのが精一杯だった。感情を隠すのに必死なところが私は日本人だ。

 乾かしながら、「完全には乾かさないわよ?乾かすと縮れるから」と。今後の日常生活はどうすればいいのですか?
 
乾いてからはさらに悲惨だった。天然のきつい縮毛のよう。本当に爆発したような髪型ならそれはそれでいいのだが、縮れているだけで棒状になっている部分もあり、一言で言うと、「生活に疲れて髪も心もボロボロ」な感じ。髪を下ろしていても見苦しくないように美容院に行ったつもりだったが、これでは髪を上げていても縮れっ毛が隠しきれないくらい。
 最近、心配事が重なり、精神的に疲れてきて、気分転換に髪を整えようと思った。結果がこれ。かなりきつい。

 髪もボロボロだが、心にもかなりのダメージ。隠しきれないとはいうものの、上げていれば出かけることはできると何度も自分に言い聞かせたが、心に得体の知れない傷を感じる。何なんだろう。こんな髪になったという事実だけでは説明がつかない。それはつまり、人間だ。写メとはまったく違う髪型になっていることに美容師が気づかなかったわけはない。ただし、悪気のようなものは感じなかった。ただ平気だっただけである。写メを見せ、注文をし、旋毛の説明までした後で、作業の間にお店の話を聞いたり世間話をして時間を共有したにもかかわらず、こんな髪型になった私を平気で店から送り出したのだ。これが得体の知れない心の傷の原因である。しかし、その一方で、この悲劇の大きな原因は、ロッドを巻く美容師の手を止められなかった私にあるのだと思う。

 この地域に来てから初めての美容院だったが、割引券につられたのが悪かった(しかも、パーマはたいして割引にならなかった)。この髪型をなんとかするために、自分の目とネットではない生の声を頼りに次をあたろうと思う。私の心はかなり傷ついたが、美容師が特に悪い人には見えなかった。 . . . と自分に言い聞かせつつ、次のお店でかけ直してもらうために、電話をかけて、パーマ液の種類と塗布時間を聞いた。「髪を染めていると言ったからその番号を使ったのよ?」という補足説明があり、人の心理とはおもしろいものだと思った。